やせ目的の糖尿病薬使用は注意

やせ目的の糖尿病薬使用は注意

2024.08.22
いろいろな症状

くらしナビ・医療:やせ目的の糖尿病薬使用は注意

その他 2024年8月21日 (水)配信毎日新聞社

糖尿病の治療薬をダイエット目的で使い、副作用などによって健康被害が出るケースが後を絶たない。薬は患者の全額自己負担となる「自由診療」で医師が処方しているものの、専門家は「健康な人がダイエット目的で使うことの効果や安全性は明らかになっていない」と注意を促している。

 ●自由診療で横行

 9号サイズのスーツが入らなくなり、東京都内の団体職員の女性(61)は焦っていた。コロナ禍をきっかけに在宅勤務が増え、運動量が減少した。年齢を重ねたこともあり、「たった2、3キロ」の体重を落とせずにいた。

 近所の診療所で「メディカルダイエット」の看板を見つけたのは昨秋のことだった。担当したのは糖尿病の専門医。身長や体重を伝えると、「飲むだけで2、3キロはすぐに落ちるよ」と2種類の薬を処方された。副作用が記載された紙を渡され、5分もしないうちに診察室を出た。

 薬の一つが、糖尿病の治療薬でもある「GLP-1受容体作動薬」だった。インスリンの分泌を促して血糖値を下げるほか、脳に作用して食欲を抑える効果が見込まれる。

 しかし、糖尿病ではない人がダイエット目的で使うことは承認されていない。女性は自由診療となり、約2万5000円を支払った。

 ●効果一時、毛抜けた

 薬を飲むと、胃がムカムカして気持ち悪くなり、食欲がわかない。朝食は無理に口にしたが、昼はヨーグルトくらいしか入らず、3日で体重が2、3キロ減った。しかし、喜んだのもつかの間、2週間で薬を飲みきると3日後には元の体重に戻った。更に鏡を見て血の気が引いた。前髪が抜け、スカスカになっていたのだ。

 抜け毛を隠すためカチューシャで前髪を上げたり、ウイッグをつけたり。養毛剤を使って頭皮マッサージを繰り返した。半年以上がたち、毛量が戻ってきたが後悔は尽きない。「本当にばかなことをした。『医師が出す薬』だからと惑わされてしまった」

 自由診療でGLP―1受容体作動薬を「やせ薬」として使うダイエットは、全国で急速に広がっている。「運動不要、食事制限なし、ストレスなし」。一部の美容クリニックや内科などのホームページには宣伝文句が並ぶ。

 昨年には在庫が逼迫(ひっぱく)し、本来の糖尿病患者への処方が一時制限される事態となった。国や日本医師会などは健康な人が使うことのリスクについて注意喚起し、「適用外使用」を控えるよう求めたが、人気に陰りは見えない。

 この薬はもともと注射薬だけだったが、2021年に飲み薬が発売された。「敷居が下がり、ダイエット目的の使用が急速に広まったのでは」と話すのは、肥満症や糖尿病の治療を専門とする神戸大大学院の小川渉教授だ。コロナ禍で初診のオンライン診療が実質解禁されたことも、後押ししたとみられる。

 ●より強い副作用も

 ダイエット目的の使用について、小川教授は「さまざまな問題がある」と指摘する。一つは、副作用が分からないためリスクが大きいことだ。

 製薬会社からは吐き気、下痢といった消化器症状のほか、急性膵炎(すいえん)や低血糖といった健康被害が出る可能性が報告されているが、これはあくまで糖尿病患者の場合だ。健康な人が使えば、より強い副作用が出る可能性もある。

 「欧米では肥満症の治療薬として承認されているから安全」とうたう診療所もあるが、日本医師会は「科学的根拠がない」と否定している。海外で有効性や安全性が確認されているのは、一定条件の肥満症の人だけだ。しかし現実には、自由診療の中で副作用の説明や経過の確認のない不適切な処方が横行する。

 女性の「やせ願望」も問題を深刻にしている。薬を使うかどうかに関わらず、低体重になると、月経異常や不妊などが起こりやすくなる。女性の骨の量は20~30代がピークで、この時期に適切な体重を保っていないと将来骨粗しょう症になるリスクも高まる。

 小川教授は「肥満症も美容的なダイエットも、運動と食事療法が重要であることに変わりはない。効率的で持続的な減量のためには『薬を飲むだけでいい』ということは、あり得ません」と指摘する。【黒田阿紗子】